記事一覧

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

ヴュルツブルク

ロマンチック街道の出発点であり、終着点であるビュルツブルクは、人口約13万人の
ドイツでは中の中規模の町になります。

紀元前千年ごろ、この町の高台にあるマリエンブルクの要塞がある場所にケルト人の
避難場所があったと言われていますが、西暦689年にアイルランド人の聖キリアンが、
この地に布教活動に足を踏み入れてから、この町はキリスト教の町と発展していきました。

興味深いのは、1127年にドイツで初めてこの町で槍試合が行われたとのこと。

また、赤ひげ王として知られるフリードリッヒ・バルバロッサは、ブルゴーニュ伯の娘
ベアトリクスとここで結婚式を挙げました。この結婚式の模様は、宮殿の皇帝の間の壁画に
描かれています。

1525年のドイツ農民戦争では、山頂のマリエンベルク要塞をめぐって激戦が展開され、
農民側の敗北に終わるのですが、当時の市長で彫刻家であったティルマン・リーメンシュナイダーは
農民を支持したために捕縛され、厳罰に処されたと言われています。

大僧正の居住したレジデンスは1979年に完成し、特に600平方メートルにわたる世界最大の
ジョヴァンニ・バチスタ・ティアポロのによる世界最大の天井画は、1945年3月における
連合軍の大爆撃にも損傷を免れ、その姿を今に残しています。

日本にも縁のあ、る幕末時代にオランダ商館の医師であったシーボルトはこの町の出身であり、
レントゲンは1895年にこの町でX-線を発見しました。

第2次世界大戦が終了する直前の1945年3月荷、連合軍による大空襲を受け、「マインの墓場」、
とも呼ばれたのですが、見事と言えるほどに再建され、多くの人たちを惹きつけています。

ぜひとも訪れて頂きたいのは、マリエンブルクの要塞からの町の遠景とレジデンスの天井画と庭園、
そして大聖堂をはじめとする旧市街です。

ドイツを個人旅行なさる私のお客様には、これらの見所を時間の無駄のない様に観光していただけるよう、
心がけています。

スポンサーサイト

コメント

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

藤島

Author:藤島
ドイツ個人旅行のお客様をリムジン・ハイヤーでドイツはもちろん、スイス、オーストリア、チェコ、オランダ、ベルギー、フランス、イタリア、クロアチアなど、ヨーロッパ各地をご案内している日本人ガイド、ドイツ語通訳です。
HP:http://www.fujishimatour.com
e-mail:fujishima@gmail.com

最新コメント

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。